開設:2005.3.22.                                                   

USグランドサークル周遊

若い頃からのあこがれの地、アメリカ大陸についに来てしまった。
ロスアンゼルスから飛行機で45分、荒漠たる砂漠の中に忽然とビル群が現れた。     

マーフィアのバグジーが1944年この砂漠の中に歓楽の町を造ろうと着目し、フラミンゴホテルを造らなかったら、今のラスベガスは生まれなかったであろう。
1日目はルクソールホテル泊まりとなったのだが、初日からホテルの中で迷子になってしまった。自信喪失である。
家内と夕食を食べようとカジノの中のパフェに降りるエスカレーターを探したが判らない、広いカジノの中を右往左往30分も探していると方向感覚が無くなってますます判らなくなってくる、やっと探し当てこれで夕食にありつけると一安心。
    

とにかく全てが大きいのだ!客室は4000室もあり、カジノは東京ドームより大きく、人であふれかえってる。そしてスロットマシーンの騒音のすごさ、ゲームテーブルには多くの人だかり、365日そうなのだと言うから驚きなり。
2日目はMountain West Travel社の大自然エクスプレスツアーに参加、大型バスで3日間の現地ツアーで、ガイドさんは日本語の上手な24歳の好青年、大学の卒論は徳川家康と豊臣秀吉論とのこと、3日間が楽しみなり。

 
30分走っても一直線の道、両側は荒漠たる砂漠、とてつもなく大きい、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州、アメリカ大陸にカルチャーショックなり。


オアシスあれば町あり、町あれば人あり、人あれば公共施設あり、その町をハイウエイがつないでいる。隣町まで2時間とは日本では想像も出来ない。そして星条旗を掲げた家の多さで、公共施設はもとより一般家庭でも平日掲揚しているのだ。自分の国への愛国心と信頼の証なのであろう。
ザイオン国立公園に到着する。

何億年もかかって水によって造りだされた芸術である。今の水量はわずかであるが、昔はこの深い谷を造りだすほどの水量があったのだろう。
ザイオンで昼食となったのだが、昼食を買うのに一苦労、爺の発するカタカナ英語が通じないのである。通じても、たたみかけて"△□●○*※?"と聞いてくるのだ!もう日本語でやるいがいないと決め、日本語で通すことにした。それを見かねたガイドさん"お手伝いしましょう"と助け船を出してくれた。
レイクパウエル、モーターホームの多さには驚いたが、この湖にはモーターボートホームなるものが存在する。日本と違いアメリカ人は人生を楽しむことにたけている。
    
夕食はガイドさんとご一緒することになった。そして会話が弾んだ。
アメリカでは高校を卒業すると両親のもとから独立して、自分の力で道を切り開いていくこと。日本の秋田と長野に2年くらい住んだこと。これから北海道に行きたいこと。ご両親と兄弟のこと。聞きながら爺は明るく堅実なこの青年に好感を持った。日本に来るなら、出来る限りのことをしてあげようと思い始めていた。
3日目はアンテロープキャニオンまでAntelope Canyon Toursのジープで行く。ジープは改造車で砂の上を100K近いスピードで目的地まで突っ走るのである。もうもうと砂塵が舞い、これには参った!

この神秘的な素晴らしさ、今まで体験したことがない。
砂岩を水の力で削りf出した芸術だ!言葉ではとても言い表せない創造物である。ナバホ族のガイドさんに写真撮影にアングルを指導してもらったが、アングルによって全く異なった写真になってしまう。
この砂の芸術、狭いところは30Cm位しかなく光の屈曲によって色の変化が写し撮れるらしい。

次は、モニュメントバレーだ!
遥か彼方から、駅馬車や騎兵隊が出てきそうだ。高校時代西部劇映画を見て憧れていた、モニュメントバレー、この地の今、爺は立っている。
     
そして、ジープによる散策後、めったに見られないモニュメントバレーの雷雨に遭遇した。これもまた幸運なり。
ナバホ族の方たちはモニュメントバレーの管理やガイドや土産物販売で生計を立てているようであるが、アメリカの西部の歴史では、開拓者とインディアンの戦いで多くの血が流され、戦いに敗れたインディアンの人達は居留地を決められその中で生きてきた。今はどうなっているのか言葉の壁で聞くすべもない。
この壮大な風景の中に身を置き、心の中に焼き付けておこう。
 
次はグランドキャニオンだ!
この世のものとは思えない落日の光景、ただただ、唖然とするばかり。太陽が沈み始めると、風景や雲が白から赤へと刻々と変化し、まさに地球は動いている。
4日目はグランドキャニオンの日の出見学だ!
さすがに朝の5時は寒い、バスを連ねてポイントへ、到着すると多くの人が日の出を待ちかまえている。ドイツ人も日本人もアメリカ人もみんな今か今かと待ち構えて崖っぷちにたたずんでいる。
ビバ!Earthよ!
今朝から、家内が食べ物のせいか胃の具合が悪化する。 今日一日様子を見て状況によってはラスベガスで医者にかかることを考よう。
グランドキャニオンからラスベガスまでの移動は一部ルート66を通るという。トイレ休憩でサンタフェ鉄道のウイリアムズ駅に立ち寄った。古き時代の蒸気機関車が展示されていた。この機関車もしかしたら西部のガンマンたちを見ていたかもしれないと思うとわくわくしてきた。
東海岸からゴールドを求めて西へ西へと進む幌馬車、原住民と戦いながらレールを引く人達、映画の一場面を想像してしまう。

大自然エクスプレスツアーも最後が近づいてきた。一向に家内の様子が回復しない。ツアーの中に看護婦さんグループがいて、胃の薬を頂いた。これで回復すればいいのだが!
ベネチアンについてますます具合が悪化する。JTBデスクに相談、翌日の朝まで様子を見ろことにする。

5日目 朝になって家内が脱水症状になってきた。以前、スポーツドリンクが点滴の成分と同じだから飲むと良いと聞いたことを思い出し、売店で購入することにしたが、売店にはそれらしきものはない。
隣の人に"ゲータレードはどれですか?"と聞くと"ない!"という。"これが同じ成分ですよ!"と教えてくれた。我ながら冷や汗ものだ!
部屋に戻り、胃の薬とゲータレードを飲ませて寝かせる。そして電話でJTBに教えていただいた医者に電話する。若い女性が電話に出て家内の様子を聞き、来ていただいてもいつ見れるかわからんと言う。
アメリカのお医者さんはフリーの患者さんを見る習慣はないらしい。救急を使えて言うのである。そうすれば点滴をしてもらうことが出来ると言うのだ。英語もろくに判らない老夫婦が救急なんて使えるはずがない。家内もあきらめて"もういいよ!"と言った。
午後になって、家内の様子が良くなってきた。日本食を食べたいと言うので、バリーズの「一番」でお茶漬けを食べたので一安心なtり。
これでやっとカジノを楽しむことができそうだ!
    
6日目 いよいよマッカラン空港から帰国!
何とも騒々しいラスベガスであった。言葉が通じないとかなりストレスがたまってイライラしてくる。
日常会話くらいはマスターした方が旅は楽しめるだろう。早速、ヒヤリングマラソンか!