家内が他界して、3か月が経ったが家内の有難みをつくづく感じている。生きている内にもっと温かい言葉を掛けて挙げておけば良かったと感じている。

そのひぐらし

爺は生まれてこのかた、日記というものが1年間続いたためしがない。
小学校のころ、夏休みに、"夏休みの友"という小冊子があって、その中に日記欄があって苦労したのを覚えている。夏休みが終わりに近づいて、つくつく法師が鳴きだすとあわてて日記をまとめ書きするのが恒例となっていた。そんな学童時代を過ごしてきたのだから、爺の人生なんておして知るべしである。
学生時代は挫折の連続であったし、社会へ出て、妙な正義感で自己満足したり、企業買収で冷や飯を食ったりの散々な生きざまであったように思う。
その後、 定年退職をして、うろうろしてる間に喜寿を過ぎ、人生の終焉がかなたに見え始め、竹馬の友も一人欠け、二人欠け、するようになってきた。
我が家も、認知症であった家内を1年介護したが、令和2年12月8日午後8時59分肺炎により亡くなり、爺の人生も終わったとつくづく思っている。

プロフィール

■1937.10.19 埼玉県大里郡三尻村拾六間に生まれる。
■1944. 4. 1 埼玉県某国民学校入学。
■1961. 3.31 某大学法学部政治経済学科卒業。
■1961. 4. 1 某企業就職。
■1967. 2.25 社内恋愛で幸山純子と結婚。
■1967.11.11 長女を授かる。
■1971. 4.26 長男を授かる。
■1999.12.31 「毎日を日曜日にする」と家族に宣言、退職する。
■2001.12. 1 某町民生委員拝命。
■2002. 1.24 某町心配ごと相談員拝命。
■2003. 4. 1 某町生活支援員拝命。
■2003.12.15 某町民生委員・児童委員協議会副会長就任。
■2005. 3.22 ホームページを開設する。
■2006. 1. 1 某市に合併。
■2007. 4. 1 彩の国いきがい大学熊谷学園第32期入学。
■2007.11.30 某市社会福祉協議会関連役職辞任。
■2008. 3.31 彩の国いきがい大学熊谷学園第32期卒業。
■2008. 4. 1 彩の国いきがい大学第32期校友会入会
■2010. 4. 1 彩の国いきがい大学熊谷学園校友会連絡協議会事務局就任。
■2010.10.27 某市内交差点において大型ダンプカーと衝突、右半身打撲と鎖骨骨折。
■2011. 4.25 某市教育委員会生涯学習市民大学運営委員就任。
■2012. 5.25 彩の国いきがい大学熊谷学園校友会連絡協議会事務局長辞任。
■2013. 3.30 某市教育委員会生涯学習市民大学運営委員辞任。
■2013. 4. 1 彩の国いきがい大学熊連協広報部ホームページ担当。
■2015. 3.31 彩の国いきがい大学熊谷学園32期校友会退会
■2015. 4. 1 彩の国いきがい大学熊連協校友会HPアドバイザーに就任
■2015. 4. 1 彩の国いきがい大学熊谷学園専攻課程1期入学
■2015. 6.12 家内が介護認定で要支援2に決定
■2015. 6.12 この年度から家内への老々介護が始まる。
■2016. 3.31 彩の国いきがい大学熊谷学園専攻課程1期卒業
■2016. 4. 1 彩の国いきがい大学専攻課程1期校友会入会
■2017. 6. 7 深谷日赤病院にて、盲腸破裂による腹膜炎で緊急手術。
■2017.11.29 物が2重に見える「眼筋麻痺」発症。
■2018. 2.17 熊連協第25回芸能祭取材中転倒」小指骨折。
■2020. 1.14 家内が介護認定で要介護2に決定。
■2020.10.12 家内が介護認定で要介護5に決定。
■2020.10.24 家内が肺炎により埼玉慈恵病院へ緊急入院。
■2020.11.30 家内が埼玉慈恵病院からあねとす病院へ転院。
■2020.12.8 認知症の家内が肺炎にて他界する。
■2020.12.14 家内の葬儀をコロナ感染症対策として子供たち、孫たち、私だけの家族葬で行った。
■2021. 1.23 家内の49日法要を真言宗豊山派満福寺にて行った。