開設:2005.3.22.                                                 

平成30年2月

■2月25日(日曜日)曇り
今日は爺と婆の51回目の結婚記念日である。
51年前の昭和42年2月25日は土曜日で常務が式場まで給料を持ってきてくれたのを記憶している。
当時は中野の下宿していて、結婚式に寝過ごして遅刻し大目玉をもらった記憶がある。
思い起こしてみれば、時の流れとは早いものである。子供たちも素直な優しい子たちに育ってくれてそれぞれ家庭を築いて独立している。傘寿を過ぎて足が弱くなって難儀している。
新装なって昔の面影はないが、写真は結婚した会場上野東天紅である。


■2月24日(土曜日)晴れ
先日転倒し、指が紫色の腫れあがってしまい、整形外科に行って「打ち身ですよ」といわれて湿布していたが、一向に腫れが引かず痛いのも相変わらずで、再度レントゲンを別角度から撮ってもらった。
なんと骨折していた。見ての通りの痛々しさ、顔を洗うのも、ズボンの上げ下げも大変不便この上ない。「2ヶ月かかりますよ」との事、今年も出だしから散々なり

■2月17日(土曜日)晴れ
熊連協の芸能祭へ勇んで出かけたまではよかったのだが、動画撮影中に階段の段差に気が付かず、ダイナミックに頭から転倒してしまった。500人もお客様のいる前なのだから恥ずかしい限りなり。
その時左手の小指を骨折してしまったようで紫色の腫れていたくてたまらない。しかし、休日で接骨医はお休み、月曜日まで待つことにした。やりつけないことはやらぬ方が良いと肝に銘じよう。

■2月16日(金曜日)晴れ
庭先にフクジュソウの花がひっそりと咲いていた。春がもうすぐそこまで来ている。
寒い冬は早く終わってほしいと思っていたから、なぜかホッとする。
800坪ある庭は80歳の老人には手に余る。
落葉集めから始まって、草との闘いが大変なのである。エンジン草刈り機、電動草刈り機と、車輪付き噴霧器といろいろ使っての作業。今年ももう一寸で始まる。


■2月14日(水曜日)晴れ
前の家のおばあちゃんがなくなった。最近は寂しいことばかりである。
近所を見渡してみれば、定年退職した高齢者ばかりで、2世帯住宅で孫たちと一緒に生活してる家庭は数えるほどである。ましてや一人暮らしとなるとこの地域でも5人くらいいるから、民生委員さんが大変である。

■2月10日(土曜日)晴れ
最近の我家は老老介護の見本みたいな家庭になっている。食事の準備は二人で助け合ってやってるが、準備や洗い仕舞が大変で、週2回はコンビニにお世話になっている。
今は、運転免許を持っているからいいが、物が2重に見える爺は次回は免許更新は難しいであろう。そうなると買い物も歩いてという事になるが、どうしたらいいのだろうか? 田舎の買い物難民第1号になる可能性が高い。

■2月8日(金曜日)晴れ
久しぶりに朝の散歩に行く。ホームページに距離測定サイトがあり測定してみた。なんと2.6Kmしか歩いていない。足の痙攣が起きないよう注意しながらの散歩だから良しとしよう。慣れてきたら、徐々に距離を伸ばせばいい。
昔のような健脚に戻れるようになるのだろうか?


■2月6日(火曜日)晴れ
一昨年から、熊谷市民活動支援センターにて、彩の国いきがい大学熊谷学園校友会のホームページ作成の後継者育成をしなければホームページが絶えてしまうという危機感から勉強会を実施してきた。そのおかげで後継者が誕生しつつあり、一安心している。
これから私が倒れても後輩たちがホームページを引き継いでくれたなら、熊連協が存続する間は継続される事になり、うれしい限りである。

そんな熊連協ホームページ勉強会日です。 ■2月3日(土曜日)晴れ
久しぶりに隣組合の人達との宴、花園の徳樹庵から送迎バスが来る。かれこれ四十数年続いているから驚きである。昔70年前位には、いろいろな講があって、隣組合は助け合っていたが、高度成長で豊かになり、隣組合のきずなが徐々に失せれてきていた、そんな時、もっとお互いの家を知ろうという事で年2回の親睦会が始まったのである。近隣から「素晴らしい」と驚きの目で見られている。

■2月1日(木曜日)雪
「蛍雪」とは、昔の人は良く言ったものだ!
朝起きてみると一面の銀世界。
なぜか雪を見るとウキウキしてくる。爺はまだまだ少年の心が残っているらしい。そして、幼き頃の思い出がよみがえって来た。
戦時中、国民小学校の一年の時、大雪になって、物不足で長靴なんて無く、下駄で行ったのを思い出した。途中で雪が下駄に挟まり使えなくなり、はだしで学校へ行った。
今でも、あの冷たさが足の先に残っている。何と73年前の苦い思い出である。